菅原道真公の年表
家系
菅原道真公は代々学者の家系でした。
- 承和12年(845年)菅原是善(これよし)の第三子として京都菅原院で誕生
- 菅原氏はもと土師(はじ)氏で、天応元年(781年)6月壬子(みずのえね)に改姓された
- 菅原は、その当時の居住地名である大和国添下郡(そうのしもぐん)菅原郷(今の奈良市菅原町)から来ている
- 父是善は代々学者の家系であり、母は伴氏(元大伴氏)の出身であった
- 曽祖父は土師宿禰古人(すくねふるひと)。その四番目の子が祖父清公、またその第4子が是善
- なお、土師(はじ)氏とは埴輪を作り喪葬を司る役目を担った氏
年譜
誕生から晩年まで。
- 承和12年(845年) 菅原是善の第三子として京都菅原院で誕生
- 貞観12年(870年) 難関国家試験方略試に合格
- 貞観16年(874年) 従五位下
- 貞観19年(877年) 式部少輔、文章博士に任ぜられる
- 元慶3年(879年) 文徳天皇実録の序を書く
- 仁和2年(886年)正月16日 讃岐守
- 寛平2年(890年) 都に戻る
- 寛平3年(891年) 蔵人頭、式部少輔、左中弁
- 寛平4年(892年) 従四位下、左京大夫。三代実録を撰集する
- 寛平5年(893年) 参議、式部大輔、左大弁、勘解由長官、春宮亮
- 寛平7年(895年)10月26日 従三位、中納言。このとき藤原時平は正三位
- 寛平7年(895年)11月 春宮権大夫を兼ねる
- 寛平9年(897年)6月19日 権大納言、右大将
- 寛平9年(897年)7月13日 正三位。このとき藤原時平も正三位
- 昌泰2年(899年)2月14日 右大臣。このとき藤原時平は左大臣
- 昌泰4年(901年)正月7日 従二位。このとき藤原時平も従二位
- 昌泰4年(901年)正月25日 太宰権帥(だざいごんのそつ)
- 昌泰4年(901年)2月1日 西下
- 延喜3年(903年)2月25日 没
- 延喜5年(905年)8月19日 遺骸を運んでいた牛が足を止め動かなくなった場所四堂(よつのどう)に祠廟を建立、後の安楽寺
- 延喜19年(919年) 改めて祠廟を建立、後の大宰府